書評補遺の第三回である。
○知の分類史
久我勝利
中公新書ラクレ760円+税
「分類魔」と呼ばれる人間に出くわした経験をお持ちの方は多いのではないだろうか。本書の著者は分類魔ではないそうなのだが、いずれにしても分類は学問の出発点である。すなわち諸事象・諸物を一定の共通項で分類し抽象化し体系化すること自体が学問の出発点ということなのである。そのことを世界史的に観て行こうとするのが本書である。
中々面白いのだが、現代は知りたい事実がどの分野に分類されるか考えなくてもキーワードをインターネットの検索エンジンに打ち込めば、たちどころに大抵のことは知ることができる。だから分類に意味はなくなったかというとそうではなくて、共通項の抽出という分類作業と抽象化や体系化という思考訓練は、人間が人間であるための必須の訓練だろう。そのことは本書の最後に指摘してある。
○白洲次郎の日本国憲法
鶴見絋
知恵の森文庫552円+税
終戦直後の占領軍(GHQ)と日本政府(特に吉田茂)との交渉に、若いときのイギリス留学経験を生かして携わった白洲治郎についてのルポである。
正直なところ私は現行憲法制定史秘話を期待して本書を手にしたのだが、その面では必ずしも満足できなかった。私自身は白洲の車に対する偏執やイギリス貴族の精神・作法の習得には全く興味が無い。その意味では法律的側面に関する史実の暴露を期待するのは無いものねだりだったのだろう。
ただ、著者の文庫本あとがき自体は鬼気迫るものがある。この部分の文章を読む意味は十分あると考える。
○フィリップ・マーロウの事件
レイモンド・チャンドラー他
稲葉昭雄・他訳
早川文庫940円+税
チャンドラーの遺作1編の他、チャンドラーに影響を受けた作家達による「探偵フィリップ・マーロウ物の競作集」である。多分本書の競作に参加した後世の作家達の個性を知っていれば、本書は抜群の面白さということになるのだろう。あの作家がフィリップ・マーロウを主人公にすると、こういう物語が出来上がるのか、なるほどねぇ、という感じになれば本書の価値は倍加する。しかし、私には本書に参加しているアメリカ等の推理作家は全くなじみがない。従って作者が誰であろうと、フィリップ・マーロウ探偵シリーズとして読むしかないのである。その意味ではプロットや語り口の面白さを作家の個性と関係なく鑑賞するしかないので、私自身は、それ自体は通常の推理小説の読書と径庭はない。
だから「長いお別れ」の村上新訳登場を機に、この企画を日本の作家達でやれると大変なベスト・セラーになるのではないかと思うが、出版社の方々いかが?(私が思いつく程度のことは他の方も思いつく筈で、それが実現していないのは(本書のアメリカ国内での出版は1988年)多分、著作権の面で厄介な問題があるのだと思うが)。或いは、日本の作家による「明智小五郎の競作集」とか「金田一幸助の競作集」とか。もし、このアイデアが採用されたら出版社の方から金一封が出るかなぁ等と浅ましい考えを披露して、本日の日記はお終い。