最近読んだ本で、独立した書評にまでするにはチト小粒というのを何冊が日記の形でコメントする。
○ 「海馬 脳は疲れない」池谷祐二・糸井重里 新潮文庫590円+税
東大薬学部助手の池谷氏とコピーライターとして有名な糸井氏の対談形式による脳の話である。素人の糸井氏が専門家の池谷氏に質問する形で脳に関する科学的知見をわかりやすく解説する良くあるパターンの科学啓蒙書という先入観で読み始めた。確かにそういう面もあるのだが、どちらかというと脳を素材ないし切っ掛けにした糸井氏の人生訓だとか世界観が語られるので、それを面白いととるかどうかは人それぞれだろう。私は面白かったが。
○ 「ちいさなちいさな王様」アクセル・ハッケ作、ミヒャエル・ゾーヴァ絵、那須田淳/木本栄共訳 講談社1300円+税(1996年第1刷、現在32刷)
ドイツ版「星の王子様」という感じがする。「王子様」と「王様」とは大分径庭があるが、人差し指大の王様が登場するファンタジー。帯に「いま、大人が読むべき絵本 柳田邦男氏推薦」とある。確かに絵は素晴らしい。内容も現代人が成長するに連れて失って行くものを逆説的に炙り出そうとしたもので、子供が読んでも余り意味はわからないだろう。
○ 「ヒラリーとライス アメリカを動かす女たちの素顔」岸本裕紀子 PHP新書720円+税
ご存知、クリントン前大統領の妻にして現在のニューヨーク州上院議員のヒラリー・クリントンと現国務長官のコンドリー・ザ・ライスを対比させた読み物。
ただ、正直なところ私の期待には余り応えてくれなかった。突込みが情緒的というか女性週刊誌的というか、本来いくらでも面白くなりそうな対比なのだがイマイチの感がある。確かにどちらか一方の女性についてだけでも本格的に書物にしようとすれば新書に収まる筈はないと思われるし、それを二人とも新書の分量の中で精緻に分析・対比して論じるのは至難の業だろうから、私の感想はそもそも無い物ねだりだろう。ただ、多分本書の最大の弱点は、著者ご自身が直接インタビューをしておられず言わば二次史料からの構成であるため、生身の人間としての実感をお持ちではないのではないかと思われる点である。
そうは言っても、本書で紹介される両者の経歴をチェイスするだけでも十分な価値はある。
2月23日、池田晶子氏がお亡くなりになったそうである。
池田氏の著書はベストセラーになった「14歳からの哲学」のほか、「口伝西洋哲学史 考える人」「睥睨するヘーゲル」が私の蔵書である。雑誌などでお名前をお見かけすると必ずその記事は読んでいた。確か「週刊ポスト」の書評でも健筆を振るっておられて、行きつけの喫茶店に置いてあるその週刊誌での書評を読むのを楽しみしていた。新聞記事によると死の直前まで文章を書いて週刊誌の仕事をしておられたとのことである。小難しい(小賢しいと言い換えても良い)哲学用語を一切使わずに、「哲学する」ことの重要性を繰り返し説いておられた方だと思う。
私は、司法試験の受験勉強時代に、症状的には「離人症」と呼ばれてもおかしくない精神状態に陥ったことがある。例えば最近でこそ無くなったけれど、映画を見ていて突然フィルムが切れてスクリーンが真っ白になり虚構であることに突然覚醒することがあったが、同じ様に現実世界も見えてしまうのである。この現実も切れて真っ白になってしまうのではないか。更に何となく手を凝視していて、なぜ手の指は五本なのか疑問が涌いてくる。確かに手を凝視すること自体がアブナイ状態ではあるのだが、その様に疑問を持つことが病的なのかも知れないと当時の私は不安を持った。そして後年、池田氏の著書に接して、決して私は「病気」ではなかったのだと振りかえって思えるようになった。「何故、我々は在るのか」(哲学的には「存在論」という)という問いは決して病気の故に発せられる問いではないということを、池田氏の著書を読むことで私は確信した。そういう意味では、池田氏は私の魂を救ったのである。
新しい著書が出れば読んで書評でも採り上げたいと思っていたのに、残念である。46歳の死は余りに若過ぎるだろう。
余談だが極めて卑俗な話をすると、著書に掲載されているお写真を拝見すると、池田氏は大変お綺麗な方で、こんなにお綺麗でも、下衆の考えではこういう難しいことをしょっちゅう考えている女性は独身だろうなと何となく思っていたのだが、今回の記事で結婚しておられたことを知った。
いずれにしても、合掌。